Pharrell Williamsは、一般的なクリエイティブ・ディレクターのようにショーを作らない。彼が手がけるのは、むしろカルチャーそのものを発信する巨大なステージだ。 今回のルイ・ヴィトン 2025年春夏コレクションも、単なるランウェイではなかった。音楽、スポーツ、トラベル、そして多様なアイデンティティが交差する“世界のターミナル”のような空間だった。
ショー会場となったのは、パリの「La Maison de l’UNESCO」の屋上。1958年に世界平和の理念のもと建設されたこの建築は、今回のテーマである“ユニティ”を象徴するロケーションとして機能していた。 国旗が並び、グリーンが敷き詰められた空間には、さまざまなルーツを持つモデルたちが登場。ファレルは今回、「多様性」を遠回しに表現するのではなく、真正面から打ち出していた。
今回のコレクションで特に印象的だったのは、ルイ・ヴィトン本来の“旅”というDNAが強く戻ってきていたことだ。
オーバーサイズのレザートランクに加え、モノグラム仕様のキャリーケース、ソフトレザーのダッフル、航空スタイルを思わせるバッグなどが次々と登場。なかでも注目を集めたのが、潰したようなフォルムの新型Speedyや、フットボール型に仕上げられたモノグラムバッグだった。
ランウェイでは「LVFC」と記されたフットボールジャージーも登場し、スポーツカルチャーとラグジュアリーを自然に融合。LVMHがオリンピックのスポンサーを務めている背景もあり、アスレチックなムードはコレクション全体に強く流れていた。
ファレル体制のルイヴィトンでは、ここ最近シルエットにも変化が見られる。 今回も、テーラリングはあくまでリラックス感重視。バターのように滑らかなワントーンスーツ、シルク素材のセットアップ、クロップド丈のパイロットジャケット、サテンアウター、ワークウェア調のスタイリングまで、全体的に「移動するための服」という空気感が強かった。
クラシックなラグジュアリーというより、“今リアルに着たいラグジュアリー”に近い。 それが、現在のルイヴィトンメンズの大きな特徴になっている。
そして、今回も音楽は重要な役割を果たしていた。 ショー中には、Clipseの未発表曲がサプライズで披露され、John Legendも参加。Pusha TとNo Maliceによる内省的なリリックは、家族や喪失について触れた内容になっており、巨大なショー演出の中に静かな感情を持ち込んでいた。
単なる“豪華なファッションショー”で終わらせず、音楽によって空気を変える。この感覚は、今のファレルによるルイヴィトンを象徴している。
会場にはBurna Boy、Tems、Sabrina Carpenter、Victor Wembanyama、NIGO、Colman Domingo、Central Ceeらが来場。 ただ、SNS上で特に話題になったのは、Central Ceeがショー中にNintendo DSを取り出した瞬間だった。
この小さな出来事こそ、今のファレル的ラグジュアリーを象徴しているのかもしれない。 完璧に整えられた高級感ではなく、少し肩の力が抜けたリアルさ。インターネットカルチャーやストリート感覚を自然に混ぜ込みながら、それでもラグジュアリーとして成立させる感覚だ。
実際、これまでにもSpeedy P9、パール装飾のバッグ、スケートカルチャー由来のチャーム、大胆なモノグラムアクセサリーなど、ファレルは“クラフト”と“遊び”を共存させるアイテムを次々に発表してきた。 東京のストリート、アメリカンワークウェア、ヒップホップ、ヴィンテージ感覚――それらがルイヴィトンの中で違和感なく混ざり合っている。
Virgil Abloh以降のルイヴィトンメンズについては、今も賛否が分かれている。 しかし少なくとも、ファレルがブランドに巨大なカルチャー的影響力を与えていることは間違いない。
そして彼が本当に売っているのは、バッグや服だけではない。
そこに“参加できる感覚”そのものだ。
2025年春夏のショーでルイヴィトンは、単なるフランスのラグジュアリーブランドとしてではなく、 音楽、スポーツ、ファッション、インターネットカルチャーが交差する“ひとつの世界”として存在していた。